〜私物語〜

上野 正英 (stylist)

幼少期

生まれは、福岡。育ちは、大分。

福岡出身の父と大分出身の母との間に三姉弟の末っ子として1987年に福岡で生まれました。

幼少期に父の転勤で大分に引っ越してきたので

福岡の記憶は、全く無く…

ホームビデオ観たのをうっすら覚えてるくらいですね

くまさんは、幼稚園のお遊戯会。

小学生

父がブラスバンド、母がソフトボールをしていた影響で小学生の頃の習い事は、ヤマハ音楽教室でドラムとパーカッション、ソフトボールのチームにも所属していました。

大会で沖縄に行って初戦敗退したんでほとんど観光して帰ったっていう…笑

ドラムの発表会です。この時は、パーカッションのコンガを叩いてます。

中学生

中学に入るとブラスバンド部に入るか野球部に入るか迷い、野球部に。友達が多いからという理由でした。

中学時代は、エースで4番。

なぜそこまで成長できたか謎です…笑

母との別れ

中学1年生の頃、母の病気(がん)が発覚。

その頃、正直病気の重大さなんて理解もしていないし亡くなってしまうなんて最後の最後まで信じられなかったですね。病気が見つかった時点で末期。助かるには、かなり厳しい状態だったと思います。中学生の自分には、そんなこと分からず…今だったらもっといろいろしてあげられたのにな、、母のことが大好きだったのですごくショックでなかなか立ち直れず、今でもたまに思い出してしまいます。

高校生

高校では、スポーツ推薦で野球部に。これもまた自分にスポーツ推薦が来るなんて思ってもいなかったので謎です…笑

高校時代は、エースになれず2番手ピッチャー。

絶対自分の方が良いと謎の自信を持っていました。笑

最後の夏の大会は、初戦敗退。

野球への未練が残り大学でも続けようとトレーニングに励み、実際に大学の練習に参加してほぼ進学と入部が決まっていましたが…

美容への興味

高校3年生の頃、野球が終わって髪を伸ばし始め、眉毛を整え出し、ファッションにも興味を持つようになりました。

初めて行った美容室は、長女の友達が働いていたロリータ・コンプレックスという床と壁がほぼピンクと黒でできているぶっ飛んだ内装のお店。

当時、そこで働いていたスタッフのお兄さんたちにかっこいい!と憧れていたのを覚えています。

美容学校

福岡の大学への進学がほぼ決まっていましたが地元の美容学校に急遽変更。期限を過ぎていましたが入ることができました。

入ったのは、メイク科。

実は、美容師に憧れて目指したわけではなかったんです。むしろやりたいには、ヘアではなくメイク。

そんな私の美容人生のスタートでした。

佐伯チズさん

ちょうどこの頃、自分磨きにも目覚めまして、部活を辞めて運動量が急激に落ちたせいか太っていたのでダイエットに励み、ファッションにも目覚め、日焼けと肌荒れがあったのでスキンケアもしました。

佐伯チズさんの本を読んだり、講演会に行ったり、佐伯チズさんが出していたローションパックを使い毎日お手入れしていましたね。叔母が福岡でエステをしていたので業務用のでかい化粧水などを仕入れて使ったりもしていました。

講演会にに行ったのは、19歳の時。周りの人たちは、親世代より上の方が多く完全に浮いていました。笑

逆に目立ったせいか…佐伯チズさんに毎日ケアしてる私の肌を触りにきていただきました。『毎日頑張ってるのね』と言っていただき嬉しかったのを覚えています。その後、なんと佐伯チズさんの肌も触らせてもらいとても柔らかく綺麗なお肌に感動しました。

卒業後

美容学校在学中も美容師になるつもりはなく東京の撮影などに力を入れている(メイクの仕事がある)サロンの面接を受けました。今思えば完全に準備不足。面接には、落ちて途方に暮れました。美容学校を卒業しても就職先が決まっていない状態でした。

地元の美容室に就職

卒業後2週間ほど経ち、このままではまずいと思い地元の美容室を何店舗か見学に行きました。その中の1つのサロンに就職しましたが地元の美容室に詳しくなかったので何も知らずに入りました。かなり有名なサロンで、オーナー(先生)を知らない地元の美容師は、少なかったんじゃないかなと思います。お客さんが多くかなり忙しく働く日々が続きました。

先生がショートカットが得意だったため私もそれに憧れてショートカットが上手くなりたいと先生の技術をよく見て勉強、練習してかっこいい、かわいいといったデザインを追い求めました。

そのせいか薬剤に関しては、あまり深くはわかっておらずサロン内の先輩方にもほとんど教わってなかったですね。サロンは、オーナー色があると思うのでそういうお店も普通に多いのかなと思います。

髪を綺麗にすることに少しずつ興味が

ある美容商材をきっかけに髪を綺麗にすることに興味が出てきました。カラーをしたりストレートをすると髪が綺麗になるというものです。世の中にこんな素晴らしいものがあるのかと衝撃を受けそれについて勉強したり定期的に講習会に参加して他のサロンの人たちと情報交換をしたりしていました。

サロン内で試行錯誤してやっていましたが思ったよりも良くならなかったり上手くいかなかったりして(すごくいい仕上がりも多くありました)腑に落ちない感じが続き…

ケミカレーションとの出会い

後輩のサロンに髪を切りに行った時のこと。

【ケミカレーション】というベテランさんから若手(ある程度経験年数のある人たち)の美容師が習うコミニュティを教えてもらいました。

snsなどの発信があったので一番最初の投稿まで遡り(1000投稿くらいあったのでとんでもない量でした)読み進めました。その内容は、毛髪科学や薬剤、縮毛矯正から髪質改善、カラー、ブリーチ、パーマ、その他もろもろ…

まず自分の美容師としての無知さに愕然としました。とにかく知らないことだらけで頭パンパンになりながら読みました。わからないなりに読み進めればいずれ分かるだろうということで…

こんなに知らないことだらけという焦りともっと知りたいという好奇心で【ケミカレーション】に入りました。

ケミカレーションで学んだこと

【健康】=【美容】

ケミカルについて勉強しているのですが最終的に行き着くのが【健康】なんです。どういうこと?となると思うんですけど…

健康であることが髪や肌、それだけでなく内側から整っていく(インナーケア)。人は、病気になると老化します。老化すると肌や髪に影響が出て美容とは、かけ離れていきます。【健康】である、とは、=美しくいられるということ。

髪に関しては、いかに傷ませないか?が重要です。綺麗な髪でいるためには、予防が必要。病気にならないための予防医療と同じ考えです。病気になってからどうしよう、ではなく。そもそも病気になる確率を下げるために何をするのか?が大事。髪も同じで傷んだ髪をどうするかよりそもそも傷まない方が圧倒的に綺麗な状態を維持できるということです。

ケミカルを勉強すると傷んだ髪をどうやって綺麗にするか。特に最近のsnsでは、かなり傷んでしまった髪をここまで綺麗になりました。というような投稿をよく目にします(傷んだ髪を綺麗にするするには、限界があり見るかぎり見た目の綺麗さが少し良くなったくらいなのかなと思いますが…)。ですがそもそも傷んでしまっている、ということに問題があり…

私が今まで傷んでしまった髪をなかなか綺麗にできず悩んでいましたが『傷ませない(ダメージを最小限に抑える)』という一つの答えに辿り着きそれを徹底することに決めました。

最後に

今では、『腸活』『睡眠』『運動』を見直し取り組んでいます。母のこともあり40歳を前にして【健康】には、より一層気をつけるようになりました。自分自身の取り組みが美容の仕事にも活かされると思っています。